先日、NHKでパニック障害の番組を見ました。出演者やインタビュー受けている人
の話を聞いていると、鬱になる人の性格?によく似ているなぁと思いました。
ストレスが原因で、自分の意志で、心、体がコントロールできなくなるという事ではないかと…そう思いました。
やはり、ストレスを溜めない、ストレス耐性の高い “心” を持つ事が、大切だと思いました。
先日、NHKでパニック障害の番組を見ました。出演者やインタビュー受けている人
の話を聞いていると、鬱になる人の性格?によく似ているなぁと思いました。
ストレスが原因で、自分の意志で、心、体がコントロールできなくなるという事ではないかと…そう思いました。
やはり、ストレスを溜めない、ストレス耐性の高い “心” を持つ事が、大切だと思いました。
先日、ここ三年ぐらいやり取りしていなかった、かつての同僚から、夜遅くに
電話がありました。
様子がおかしいので、すぐに家に行ったのですが、彼は鬱になっていました…
かつて、彼が営業で、私は技術(FAE)としてチームで仕事をしていました。
技術出身の私が営業という仕事を、本当の意味で理解させてくれたのが彼でした。
私にとっては今の仕事のスタイルが確立したのはこの時の経験があっての事です。
文字通り、朝から晩まで喧嘩しながら、悩み、苦しむ事が多かったですが、新しい
視点や、考えを学び、成長できたのは彼のお陰です。
私にとっては戦友のような存在です。
久しぶりに会い、昔と全く雰囲気の違う彼に、何とも言葉にできない気持ちにな
りました。
復活を願ってやみません。
…そして復活するまで、”また” サポートします。
人との出会いは、色々なことを気がつかせてくれるきっかけになりす。
長い間私が忘れていたり、見ないようにしてきたり、知らなかった気持ちに気づかされる事がありました。
鬱になった以降、自分の事は、気持ちも含めて良く判っているつもりでいたので、正直、受け入れたく無いような、知りたく無いような、少し混乱?しました。
でも、今は、そんな自分も受け入れられるようになっているのにも、気がつく事ができました。
出会いを大切にしたいですね。
悩みや苦しみを解ってもらえないというのは、本当に辛いものです。
それを誰かに話しても解ってもらえない、共感してもらえない事も
あります。
私は、途中から、鬱の苦しみを誰かに判ってもらおうと思わなくなり
ました。
悪い意味ではなく、話したところで、同じように苦しんでいない
人には、理解や共感なんてしてもらえないと判ったからです。
でも、理解、共感してもらえる人がいないというのは、本当に孤独で
心細いものです。それは悩みや苦しみの深さに比例すると思います。
私が一番辛かったとき、あの時の気持ちを的確に表現したり、
伝えたり出来ないのですが、一日一日を乗り切るのが本当に苦しくて、
心理的には、毎日綱渡りのようで、消耗しながら長い時間過ごしました。
そんな自分の過去を思い出すような話を聞きました。
想像できないほど重い内容でした。
一人で背負って、話の内容以上に傷つき、苦しんでいたのだと思います。
その苦しみを理解できる人が、そんなに多くないと思うだけに、自分は
どんな事でも力になれたら良いなと心から思いました。
一生懸命、真面目に生きている人が、幸せであって欲しいと改めて思います。
(今回、はじめてタイトルが思いつきせんでした。)
完璧な人間なん存在しなので、良いところもあれば、
悪いところもあります。
それが極端な人もいます。
他の人に無いほど良い点があるのですが、一方で欠点も
耐えられないほど酷いとか。
そんな人との関係はとても難しいと思います。
私にとっての典型は親でした。
育ててくれた恩を考えると、色んなこと我慢しなければと
思って苦しみましたが、結局、行きついた答えはバランス
でした。
良い、ブラスの点、悪い、マイナスの点、足してマイナスに
なるのであれば、それは我慢など必要のない、距離を置いて
いい人間関係で良いのです。
心理的に成長していない、つまり幼稚な大人がトラブルメーカーであると、
100% 確信しています。
心理的に幼稚とは…
・自己中心的
・感情的
・依存的
上記から連想できる人間は、
・常に自分の都合。
・自分の気が晴れれば良い。
・相手や周囲への気遣いはない。
・建設的な態度、意見はない。
・直ぐに感情的になる。
・しつこい。
まさに、モンスターなんとか…が、想像できますね。
私は良く”人づきあいが上手ですね”と言われますが、実のところ見ている
のは、相手の心理的な成長度合いで、心理的に成長していない人ほど、
距離を置いて付き合うようにしています。
鬱状態のトリガを引いているのはストレスしかないと、今でも思っています。
そんな事、あたり前の話と思うかもしれませんが、当時は、あたり前のことを、
あたり前と認識するところから始めなければならなかったのです。
経験から言える確実なこと、それは、鬱を治すような特効薬、特別な方法など
無いということ。
鬱を治せるのは、薬でも医者でもなく、自分自身であること。
そして、一つ一つ、一歩一歩ずつしか前に進まないという事です。
大切なのは、前に進もうと思い続けること。
思い続けてさえいれば、一つ一つ、一歩一歩ずつでも前に進むという事です。
鬱になった時に実感したことがあります。
体が成長するのと同じように心にも成長があるという事。
体は勝手に成長しますが、心はそうではないという事。
心を成長させるためには、成長した心を持った人と、
お付き合い、交流するのが良いのですが、心が未熟な人は、
心が成熟した人が判らない…
というところか難しいと感じます。